朝比奈さんの魂が指揮をした、2001年12月30日の第九


これは、2007年12月30日にMIXIに書いた日記です。

お盆なので・・・

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きのうは朝比奈さんの命日だった。
なくなった日は、大阪フィルで若杉さんが第九を振っていた。その演奏がおわって自宅にかえり、翌朝はやくスイスに旅行中だった歯科医のA氏から国際電話があり、朝比奈さんの訃報を知る。それから、いろんな人からメールが入った。その日の夜は、やはり大フィルの第九だったのだが、前日とはまったく違い、朝比奈さんの大きな遺影がかざられており、若杉さんも喪章をつけて演奏に臨んだ。前日とはまったく違う響きがした。私はその日の感想文を、朝比奈さんの魂がそこにいて指揮をしているようだ、と書いたものだ。その日の掲示板に書いた感想を再録してみる。

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昨日、本日とフェスティヴァルホールの第9演奏会に行ってきました。
昨日は、朝比奈さんが病気療養中で、新年には回復見込みというふれこみだったので、若杉さんとしても単なる代役という感じだったのでしょうか、朝比奈さんとはちょっと違う第9を、という感じ。コントラバスを左奥に配し、きちりとしているが、重量感は不足。この配置だと2楽章がきれいに右から左に音が流れるので、なるほどと再確認した次第。音のつくりはとても丁寧に扱っていた。音色も透明感があり、スカッとした印象。客の入りも超満員ではないもののほとんど埋まっていた。観客の反応もけっこうよかった。朝比奈さんとは別の楽譜を使っているみたいだといっていた観客もいたが、ベーレンライターではなく、ブライトコプフだった。とにかく何十年も朝比奈ばかりだったのだから、けっこう新鮮に響いた、というところ。

本日は、入口の案内に、かんたんに訃報がでており、昨日のように病気療養中の大きな看板とくらべると、目立たないものだった。しかしみんな知っている。開演前に、いつもならコンマスは遅れて入るが、最初からはいっていた。そろったところでアナウンスがあり、朝比奈さんに黙祷をささげた。観客のなかからすすり泣きが聞こえていた。アナウンスでは、大阪フィルの創立者と紹介していて、音楽監督とは言わなかった。観客はきのうより若干すくないくらい。当日券あり。けっこういっぱい。大阪で3000人のホールが2日とも埋まるのは大変なこと。若杉さんの演奏は、昨日とだいぶ印象が違い、非常に熱のこもった感動的な演奏でした。昨日と同様に左奥にコントラバスを配置していたが、音楽の印象は大きく異なり、非常に重量感もあった。昨日とまったく同じ振り方をしていたけれど、とても気合が入っていて、音に強さがある。演奏スタイルが朝比奈さんのに似ているという印象すらある。(昨日はそんな印象なかった)オーケストラも非常に一生懸命に弾いていた。朝比奈さんのスタイルをより丁寧にしたような感じの演奏で、まるで朝比奈さんの魂がそこにいてともに演奏しているのではないかとの印象すらある。コーラスのなかには、はいったとき(3楽章の前に入る、これは朝比奈スタイルと違う。ソロはコーラスの前)から、もう泣いている人がいたけれど、コーラスはなかなか力強いもので、泣きながら歌っているという感じではなかった。音色もいつもより透明感があった感じ。たいたい第9のコーラスパートは器楽にまったく同じ旋律があるので、コーラスを丁寧に振らなくてもできるが、若杉さんは声楽を得意にしていることもあるのか、本当に丁寧につけてました。昨日は、ちょっと違ったスタイルでという感じでしたが、本日は無事葬儀委員長をつとめあげた、という感じ。なかなか紳士的な対応でしたし。(前からポスト朝比奈は若杉という話はあったが、実際どうなんだろう。)

最後の蛍の光は、昨日はちゃんとやったけれど、本日はなしでした。終演後、名古屋のときに知り合ったファンは、俺今年中に死ぬかもしれない。何もする気が起きない。といっていた。大阪の多くの聴衆は、必ずしもすべてが朝比奈の第9を聞きにきているわけではないですが、帰り道など、朝比奈さんの話題が多く聞こえていました。朝比奈さんは朝比奈さんの音楽を離れて話題になる有名人ですね。

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あとになってわかったことだが、この30日は、朝比奈さんのパート譜を使ったそうだ。その意味では、たしかに、朝比奈さんが、魂になって指揮をしていたのだ。

このとき指揮をした若杉さんも、すでにこの世にいない。

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