朝比奈さんの音楽的才能

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朝比奈さんの音楽的な才能はどうなのでしょうか。

本来、本当にすばらしい演奏をたくさん残している方に対し、こういうことを語るのも何なんですが、かなり批判的な意見も多く耳にしますので、あえてこの点について書きたいと思います。

朝比奈さんについて、批判的に言う人は、この点について、いろいろ欠点を並べる、というのが、常のようです。

朝比奈さんが、音楽学校を出ていない、というのは、あまり大きなファクターではないように思います。というのは、日本の音楽家、とくに作曲家についていえば、超一流どころが、音楽大学を出ていない、という例が多いからです。典型的なのは、武満徹、三善晃といった方たち。こういう方たちは、個人レッスンをうけているのです。  

朝比奈さんの場合、指揮については、メッテルという師匠がおり、ヴァイオリンについては、モギレフスキーの弟子です。当時、多くのユダヤ人音楽家が、母国をおわれ、アメリカをはじめ、いろいろなところにうつる例が多かったのです。だから、ユダヤ人ではなくても、いろいろな音楽家がナチスの影響からのがれている例が多いのです。メッテル、モギレフスキーはどういう事情で日本に来たか、わからないのですが、ものすごい大家です。その点、相当高度な音楽教育を受けている、といえると思います。たぶん、いまどきの音楽大学よりはるかにすばらしい音楽的な教育を受けているでしょう。

指揮者というのは、自分で音を出すわけではないので、指揮の技術がうまければ、いい音楽ができる、ともいえないわけで、朝比奈さんの棒というのは、器用ではなく、上手ではないですが、それもとくに大きな問題にならないと思います。

指揮者は、やはりどういうリハーサルができるか、ということが大切です。

耳はどうか。どれくらい聞き分けられるのか。これについては、経験で補っている部分が多く、かなりわかるようでした。ただ、完全とはいえず、私が合唱団にいるときに、世界初演曲をやったとき、そのオケあわせで、金管が完全に倍のテンポでひいていたのにずっと気づかないという現象がありました。まあ、世界初演ですから仕方ないのかも。本番まで、なかなかマスターできないというのは、よくあることです。

ヴァイオリンの技術はわかりません。実は、私の大学の恩師、林良平先生は、ピアノの名手で、京都大学交響楽団でピアノコンチェルトを弾くくらいの腕前でしたが、昔、朝比奈さんがヴァイオリン、林さんがピアノというリサイタルを何度もやったそうです。しかし、腕前については、聞きませんでした。朝比奈さん自身は、ヴァイオリン弾きだった、とよく言っていましたが。

朝比奈さんの最晩年、かなり技術的にもあやしくなっていました。もうヨボヨボで振るのも大丈夫かなあ、というような状態のときもありました。朝比奈さんは、自らはやめるといわないので、まわりでは、早くやめてくれ、という話はよくされていました。これで最後だから、ということで、オケのメンバーもよくあわせてくれたので、それでも長生きしましたので、そういった状態、けっこう長かったように思います。

こういう点については、いろいろ述べられているのですが、朝比奈さんの音楽というのは、そのパートの積み重ねに意味があったのです。ボーイングを丁寧に自前のパート譜に書き込み、長い時間をかけて準備をしてきました。晩年に花ひらいたのは、その積み重ねの成果です。パート譜がしっかりしていれば、リハーサルをはじめる段階で、かなり下地ができているわけです。その積み重ねが大事なのです。

音楽というのは、わからないもので、そういうすべての要素が演奏に反映するのです。オケに敬老の精神があれば、ささえてくれるし、何よりも聴衆がもりあがっていますから、本番になると、みなやる気になるわけです。

それでも好不調の波はけっこうありました。ダメなときはダメでした。しかし、うまくはまったときは、すばらしい演奏をしていました。

この不調なときにあたってしまった聴衆は、朝比奈さんをよく言いません。しかし、はまったときを知った人は、見事にリピーターになったわけです。

朝比奈さんは、長いこと、パート譜を丁寧につくり、それこそ、職人芸の積み重ねをしていたわけです。そういう資産は残ります。だから、その積み重ねで、いい演奏が生まれてきたともいえます。

そこらへん、指揮者は、かなりの高齢になってから、とてもいい演奏をするようになる、という例がけっこうあります。

朝比奈さんの音楽的才能が一流なのか、二流なのか、そういう議論、ファンにとっては、あまり重要ではないのです。あの幸せな時間を与えてくれた、というだけで、感謝しているわけです。

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