朝比奈隆とブルックナー

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朝比奈さんは、若いころ、ブルックナーの音楽は、指揮者としての義務感から演奏しなければならない、と思っていたそうです。音楽を聴いて感激したから、という理由ではないのです。

そして、実際に演奏しようとおもって準備をしていたとき、ベルリンに滞在中にホテルでフルトヴェングラーを見かけます。そして、ここが朝比奈さんらしいというか、思い切って挨拶をしたそうです。

そこで、自分のオーケストラを持っているのかときかれ、もっています、そして何を演奏するのかときかれ、ブルックナーの第9番だというと、オリジナル版をやれ、と言われたそうです。非常に短い会話だったようですが、これが、たぶん朝比奈さんの一生を左右するような大事件であったわけです。

朝比奈さんは、オリジナル版が何かということを知らなかったらしく、それからいろいろ調べて何とかその演奏会を行います。
このときの評判はわからないのですが、実際、朝比奈さんのブルックナーが評判をとったのは、討ち死に覚悟で行った東京定期での第5番です。

これを聴いた聴衆と音楽評論家宇野功芳が大絶賛するわけです。東京で認められたのです。

宇野さんの文章は、非常に独断と偏見にみちあふれているというか、ま、面白いですね。だから、インパクトもある。

私は、中学のときに、福岡時代ですが、真向かいに住んでいるクラシック狂が、古いレコード芸術を処分するというので、もったいないからもらったのですが、そのなかに、臨時増刊がありました。そこには、ブルックナーの指揮者は、クナッパーツブッシュとシューリヒトである。フルトヴェングラーやワルターではない。そして、今生きている人では、朝比奈隆とマタチッチとでていて、驚愕しました。マタチッチはNHKで放送で聴いたことはありましたが、ブルックナーは知りません。そして、朝比奈さんは、大阪のローカル指揮者としか知らなかったので、それはそれは驚きました。

その後、大阪に戻り、小学校からの友人で、非常に熱心な音楽ファンがおり、彼がその直前に、ショルティ指揮ウィーンフィルでブルックナーの7番の公演に行ったという話を聞きました。彼は、そのとき、ブルックナーをはじめてきいたそうですが、あまりにすばらしく、さっそくそのLPレコードを買い、それをきかせてくれました。

私がその翌年、マタチッチのLPが新発売されたときに、それを買いました。例の記事もあって、マタチッチか朝比奈のものを買いたかったわけです。

私が朝比奈さんのブルックナーを聴く最初の機会は1974年です。録音はありませんでした。朝比奈さんの演奏は、マーラーとベートーヴェンは聴きましたが、ブルックナーはまだ先です。

さてさて、私は、大学生になり、大阪フィルハーモニー合唱団に入団しました。ここで比較的はやく朝比奈さんご本人とお話する機会を得ました。私は、幸いというか、京大法学部で、朝比奈さんの後輩になります。その時点で、大阪フィル合唱団には、京大の学生はいましたが、法学部は私だけで、そういうこともあって、思わぬことですが、お話する機会も多かったのです。

さて、ブルックナー、1974年に定期演奏会で取り上げられた第8番を聴きました。

前半は、何かスムーズに音楽が前にすすまない感じがしたのですが、最後は圧倒的で、ショックでたちあがることもできず。今と違って、録音で予習できないので、それはすばらしい体験でした。

この演奏会は、大阪フィル合唱団の最初の演奏会の直前ですが、楽屋に朝比奈さんをたずね、次の演奏会で一所懸命歌います、と言いに行きました。

このときの録音、公式のものはないですが、聴いたことがあります。しかし、前半のもたつき感、あんまり感じないです。なぜかわかりません。そして、その演奏、今聴いても非常に立派です。スタイルは最後までいっしょです。

朝比奈さんの大出生は、東京公演の第5番ですが、その次に、私がまだ関西にいるころ、東京の厚生年金会館で第3番の演奏がありました。

これ、超絶的な演奏だったようです。

この会場で、日本ブルックナー協会が発足しました。

そのときに、大阪フィル合唱団の団員であった(20歳年上の友人?)N谷さんが、東京でのパーティでおもしろいヤツにあった、おまえ、東京に行ったら、ぜひ会うといい、といって名前をきいていた人がいました。彼は、いま、日本ワーグナー協会の専務理事の杉山氏です。

私が社会人になって、最初に東京で日本ブルックナー協会の行事に行ったとき、その会合のはやいうちに杉山氏をみつけました。当時、彼は東大の学生でした。何も特徴をきいていなかったのですが、お互いすぐにわかりました。彼とは、朝比奈さんが亡くなるまで、同じコンサートでよく出会いました。もちろん、今でもすばらしい友人です。

さて、朝比奈さんのブルックナーですが、最初義務感だったとはいえ、実際やっていると、彼の音楽スタイルにぴったりだったのです。こういう音楽をやることになったのは、偶然かもしれませんが、神の導きがあったかどうかわかりませんが、ブルックナーは熱心なカトリック信者だから、そういうような話になりやすいですね。しかし、幸せなむすびつきです。

そして、熱心な聴衆がおりました。朝比奈さんの聴衆は、不思議なことに、若い男性が多かったのです。そして、外国人があの聴衆をみたら、うらやましいと思うに違いないです。日本のクラシックマーケットの将来はあかるい、と思うわけです。それほど平均年齢が低かった。ほかのコンサート、けっこうおとしをめした方が多いです。海外は顕著です。日本は何てすばらしい聴衆がいるのだろう、ということですね。

その聴衆ですが、東京なのです。大阪の聴衆は、それほど爆発はしなかったのです。最後まで。最後は大阪のコンサートもチケットがとりずらくなりましたが、東京からたくさんかけつけていたのです。

これから、このブログで、私が接した演奏について、いろいろ書きたいと思います。いままでアップしているのは、私のメインブログのものを転記していますが、最初は、それをやって、それからオリジナルで書きます。

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