朝比奈隆 ベートーヴェンの交響曲を語る  朝比奈 隆 (著), 東条 碩夫 (編集)

朝比奈さんがベートーヴェンの演奏について語っている本ですが、めちゃくちゃ面白いです。
これほど興奮して読んだ本はないんじゃないか、と思います。

古本で、けっこう手に入るようです。

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朝比奈隆 ブルックナーを語る (ビクター全集の特典CD)

ビクター全集の特典としてつけられたCDです。

いまは、復刻されて単独に入手可能です。

朝比奈隆 ブルックナーを語る

朝比奈さんと宇野さんの対談です。

ステレオできれいな音です。

ベートーヴェンは使命感、ブルックナーの場合は使命感かもしらんが、あまりにも系統的に聴かれていない、特別な存在、あのタイプの作曲家(あの作風)は以後あらわれなかった。完璧なロマン、様式を模索しているが、全体としてひとつの作曲家がひとつの特別の世界がある。意外とヨーロッパの演奏家もいいとこどりしている。全集でもあちこちにやったものを並べただけ。良かれ悪しかれ、やったものを全部記録しておきたいというビクターの申し出があったのでお受けした。

ブルックナーの音楽の特色

楽譜の書き方は、ベートーヴェン以来そうかわっていない。ブルックナーの場合は、曲にもよるが、1、2、3、6は、これやったら、どういう音になるか、譜面から出てこないので、やってみるしかない。こうやってもうまくいかないというか、失敗の積み重ねが必要。0番は、手をいれるというか、アーティクレーションが何も書いていないので、かなりいろいろやってみた。適切かどうかわからないが。それ以外はいじらないでやったが、いじらないでやるのが難しい。改訂版がでたのは、いじらざるを得ないのだろう。

ブルックナーの演奏としてきをつけること

マーラーやワーグナーはちゃんとした譜面だが、そのとおりひけばいいが、ブルックナーはどういう奏法をしたらいいか考えなければならない。スラーはずっとつづいているし、同じようなのがつづいているし、主題は長いし。管楽器はオルガンストップのような書き方、しかし息をするところがない。
最初やったのが1954年で、最初は、そういう模索をしていた。何十年もやっていたら、見当もついた。新しいオケとやるときの説得力もつけたし、自分用の楽譜もできた。昔貸し譜しか使えないときがあった。アメリカはワシントン条約を批准していないので、海賊版が多い。資料の点で、貸し譜だった。しかたなくて、写譜をした。みんなつかっているので、いろいろ書いてある。そのうち、パートでもいろいろある。今は、スコアは新しいものをアメリカ版で買う。今は楽になった。今は、全部指揮者の責任になる。写譜なら、前の人のあとがある。そんなことをしているうちに10曲はいってきた。

なんて、続いてます。

第0番

どうやっていいかわからないところが多い。
発想が非常に自由なところと、一般的な作風の両方あるが、特徴はあんまりでていない。

第1番

第1楽章の最初は、すばらしい。あれを思いついたから書いたのだろう。最後は古典派みたいで困っちゃう。はじめて自分の作風。

20台のころ、演奏を聴いたことがある。宝塚でやった。

メッテルに怒られた。生涯はじめてブルっクナー。

  あとで書き直したのは、違う作品になっている。

第2番

はじめのところ、なかなかいい。

ラインランドでオパーのオケでやった。最初のチェロ、意外に難しい。弾いているほうがむずかしい。ホルンが大変上手だった。そのときの鴛鴦はとてもよかった。ゲルゼンキルヘン。

ホルンで、自然音であがるのは、大変難しい。

あんまりヨーロッパではやらない。

オーケストレーションに慣れていないということですか。

ほしい動きをそのまま書く。それが必ずしもやりやすいかどうかわからない。

第3番

これも2番と同じような難しさがある。

この2つの曲は演奏家の責任である。いい演奏をすれば、作品のいい部分が伝わる。

コンパクトで作り上げた。

あんまりやりたくない。

すらすら出来ているが、

第3稿やったことがあるが、クリングスハイムが来て、いろいろしかられた。本屋にあったからとはいえない。実は自分の意見がなかった。普通の指揮者は、みなこれをやる。それで全部やろうと思って、全部やってみた。

ワーグナーの引用については

ワーグナーは偉大だと思うが、オーケストラに非常に特徴がある。中音域の楽器をよく使う。それ以外では、音楽そのものは意味があるが、オーケストレーションについては、あとに影響を残していない。ただ、大規模なこと、長大な音楽でやる、というのは影響があるかもしれない。演劇的には才能あり。オケとしては、マーラーとかリデャルト・シュトラウスは旨い。ワーグナーは影響を与えていないのは、むしろ、マーラーの方がブルックナーの影響があるように、ブルックナーの影響力がある。ワーグナーシンフォーニーというが、だんだん色があせてくる。

第4番

きのう、新日本フィルでやったが、技術的に完璧だった。

ロマンティっクという名前は?コントラストがはけしい、というような意味。

第5番

第4とはずいぶん違う。出来がよくなっている。

4と5はバロック奏法を意識しないといけない。とくに弦。オルガンからきている。

5はバロックの建築。

5が一番大シンフォニー。6から出直しをしたよう

第6番

第1は立派。フィナーレが魅力はない。演奏が悪いのかもしれない。通しでどうやっていいかわからない。東京交響楽団の6番はいいとこいっている、と思う。

リンツでブルックナーをやった。ウィーンのオケがやったことがない。惨憺たる出来だった。東京の方がいい、日本はわけがわからなくても一生懸命やるので、なんとかなる。

6番は、ちょっと新しい書き方を模索。第1の編拍子はおもしろい。

第7番

一番やりやすく、ポピュラー。

4楽章が短いが、展開部が倍くらいほしいね。すぐすんじゃう。根気がなくなったか。

第8番

本当に立派な作品。

目白で、8番やった。若い客ばっかりだった。大変な感動だったらしくて、若い客が泣いている。悲しいわけでないのに。泣いて泣いて、今度は、帰らない。30分近く舞台にいました。教会の十字架がなんともいえない。

このひと、精神的なものが多い。

弦のボーイングは、自分が考えたボーイングでないとうまくいかない。自分がヴァイオリンをやっていたのでできる。貸し譜はダメ。

フルトヴェングラーみたいな人がなぜ12小節ぬかすんでしょうね。

クレンペラーはフィナーレの展開部がない。ほかの人は真似しないように、ともいっている。

第9番

未完成でよかった。

曲としてすばらしい。

なんとも余情があっていい。

こころこめてやれば、あれにフィナーレはいらない。

2楽章がデモーニッシュ。

原典版がいい。

フルトヴェングラーに会わなかったら、レーヴェのをやっていた。あれは助かった。まったく違うものになってしまう。

決してやさしくないが。

最後にひとこと

ブルックナーに限らないで、ベートーヴェンでも同じだが、大作曲家がいて、誰が偉いということはないが、精神的に対象になるのは、ベートーヴェンよブルックナーだろう。

この二人に圧倒的に、日本の聴衆が多い。

こういう音楽をもとめている。日本の聴衆はすばらしい。感動して興奮するということが、あまりない。日本は、中学生、高校生が来るんだ。すばらしい。

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