チャイコフスキー ロメオとジュリエット 朝比奈隆 北ドイツ放送響 1961

チャイコフスキー:ロメオとジュリエット(*)
 朝比奈隆指 ハンブルクNDR so.
 録音:1961年5月15日、ライヴ・モノラル

朝比奈さんは、チャイコフスキーが得意だし、とくに若いころはよくやっていた。

非常に情熱的な名演です。

オケがしっかりしているので、とても聴き応えがあります。

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チャイコフスキー 交響曲第6番 朝比奈隆 大阪フィル 1982 キング リマスター

朝比奈 チャイコフスキー 6

これもファイアーバードで出ていたLPが最初で、それからCD化され、今回、ハイパーマスタリングで再発されたもの。1982年の録音。

かなりマイクが近く、楽器のにごった音色がダイレクトにはいっている。だから、昔の大阪フィルの野暮ったい音がそのまま出ている。朝比奈さんの音楽は、作品の出来にもよるのだけれど、5番よりは洗練された表現。あんまり感傷的にならず、ストレートな表現だと思う。

この時期の荒削りな大阪フィルの音楽を楽しむには絶好の1枚。

私は、これをLPが出たときに買ったのだが、傷があるのかプチプチ音があり、交換してもらおうと思いつつ、そのままになってしまった。重量LPであり、すごくパワフルな音である。

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チャイコフスキー 交響曲第5番 朝比奈隆 大阪フィル 1982年 キング リマスター

朝比奈  チャイコフスキー 5

朝比奈さんの生誕100周年記念の再発で、キングのもの。ハイパーマスタリングによる。これ初CD化とか。今日、山野楽器銀座店で購入。

朝比奈さんにとって、プロデビューの曲であり、また生涯最後に指揮した曲である。これは、1982年7月10日、尼崎アルカイックホールの杮落とし公演である。実は、この日、私は大阪にいた。ちょうど、当時大フィル事務局に勤めていたS君を訪ねたのである。そうしたら、あす、尼崎でコンサートがあるという。しかし、残念ながらチケットは売り切れ。しかし、ゲネプロをきかせてくれるという。というわけで、一部きくことができた。すばらしい音響のホールだった。ホールに入るときに、ホールの職員が知らされていなかったので、入るのに苦労したが、すぐS君が迎えにきてくれた。そのときの公演がこのCD。

これは、最初ファイアバードというレーベルで、分厚いLPとして発売された。ものすごく立派な低音が入っている。このリマスタリングも相当リアルな音になっている。

このころの大フィルの音は、1990年代後半以降と比べると、かなり野暮ったい。ブルックナーの録音なんかは、そうも感じないが、このチャイコは、まさに昔の野暮ったい大フィルの音。そして、朝比奈さんの表現は、非常に大胆。朝比奈さんはこういう表現をしていたんだねえ。なつかしい思い。

音は、ガサガサしていて、あんまり美しいとはいえない。アンサンブルもお世辞にも整っているとは言いがたい。楽器の音色もにごっている。そのにごった音で、大きく一生懸命吹くわけだから、きたない音だと感じる。まったく洗練なんてもんが感じられない。しかし、ものすごく音楽を楽しんでいることはよくわかり、実におもしろい演奏である。

しかし、1970年代でも、ブルックナーなら、なんであんなにいい音になるんだろう。ブルックナーという作曲家との出会いは、本当に幸せなものだったとしかいいようがない。

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朝比奈さんの最後の演奏会 2001年10月24日 @愛知県芸術劇場コンサートホール

追悼文集

ヤフオクで出品されています。(すでに終了しています。参考情報)

  ↓ ↓ ↓

朝比奈隆 追悼文集

朝比奈さんが亡くなったとき、熱心なファンは、まるで、身内が亡くなったときのように深く悲しみ、そして大粒の涙を流した。

朝比奈さんのコンサートがあれば、いつもかけつける仲間が多数いて、いつも顔をあわせていた。彼らとは、いつもコンサートのあとにのみにいってもりあがったものだ。そういう仲間も、朝比奈さんが亡くなって、会うこともなくなったのだが、どうしているだろう。そういうすばらしい出会いもつくってくれた朝比奈さんに感謝しつつ・・・。

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朝比奈隆、生涯最後の演奏の記録である。

2001年10月24日、愛知県芸術劇場コンサートホール。

朝比奈さんの最晩年は、ブルックナーとベートーヴェンばかりだったのだが、最後は、神様のいたずらか、デビュー曲だったのである。

このCDは、一般発売されていない。

大阪フィリハーモニー協会が発行した「朝比奈隆追悼文集」の付録としてついているものである。

私は、この実演を聴いていない。

たしかに、この1ヶ月前に、大阪で行われたブルックナーの第9番の演奏会では、もうひどくやつれた姿を見せて心配していたのではあるが、みんな朝比奈さんは、ストコフスキーより長生きするとしんじていたから、まさか大阪の最後になるとは思わなかった。回復するだろうと思っていたのである。

また、この名古屋と同じプログラムの演奏会が、その直後に大阪でも予定されていたので、安心していた、ということもあった。

ところが、朝比奈、ヴァントのおっかけをしていた友人から、音楽仲間のメーリングリストに気になる情報を配信してきたのである。
あまりに生々しく、すばらしい文章なので、引用する。

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Date: 2001年10月25日(木) 午前2時51分
タイトル: 今日の朝比奈

先ほど名古屋の大フィル名古屋公演から帰ってきました。
今日の朝比奈さんは、もう歩くこともままならぬ状態でした。大変心配です!!!!
!!!

1曲目のチャイコのピアノ協奏曲に入場するときから、顔色悪く、やせてしまってタキシードがダブダブで、足取りもふらふらでした。いつもは演奏の前に散髪に行ってちゃんとしているのに、きょうは髪が伸びたままなのも異様でした(ひょとしたら、病院から直行してきたのではないか、と思いました)。 もうすっかりヨボヨボのおじいちゃんになってしまったとの第一印象。 まるで数年前来日した95歳の指揮者ムーシンのような感じでした。

指揮ぶりも、リズムをとるでなし、指揮棒を軽く手元で振るだけで指揮になっていない。各パートの出だしの合図をするぐらいしか役立っていないような指揮でした(曲がすすむにつれ、すこしずつ気力をとりもどしているようではありましたが)。演奏終了後は、壇からおろしてもらったものの、下半身を動かすことができず、ピアノの小山実雅恵だけが出たり入ったりして拍手に答え、最後は小山実雅恵に手をひいてもらって退場するありさま。

休憩時間15分しかないので、ほんとに大丈夫だろうかと思っていましたが、時間どおり後半のチャイコの5番交響曲に出てきました。ステージの脇までは介添えつきで、指揮台に上るについても、コンマスと第一チェロ奏者の手助けがないと上れないという状態。 こちらの方の指揮は前半と比べるとかなり元気ではありましたが、なお手を小さく振る程度。 終了後にコントラバスの横を通りかかった際にコントラバスに向かって「見えたか?」といっているみたいでした(唇を読んだだけ)。 ただ、いつもの恒例の、譜面の該当頁を見失うことによる、頁めくりは常時あり。 終了後はもう段から降りることもできず、コンマスと第一チェロ奏者に助けてもらってやっと降りることができ、近づいてきた先頭の奏者と握手の後、コンマスの合図で出てきた介添えに肩を抱えるようにしてもらって、すり足でやっと退場しました。 楽団員が残っていて拍手が鳴り止まなかったので、ステージマネジャーらしき人が出てきて、もう朝比奈さんは出てこない旨を観客に向かって説明することでようやく本日終了(つまり、自分でオケの解散の合図をしないまま、退場してしまったということ)。退場の際気が付いたのですが、おでこにバンソウコウが張ってあったので、あるいは転んだのかもしれません。

しかし、このような状態であるにもかかわらず、演奏はほんとにすんばらしいものでした。ピアノ協奏曲のオケの伴奏は、まことに趣があって、あのブルーノワルターがホロヴィッツと共演したこの曲の録音のあのオケの演奏を彷彿とするような名演。 5番の方も、オケのすみずみまで、血液が通っているという感じで、楽団員の間で各パートの細部がほかのパートと調和がとれながらナチュラルな感じで聞こえて、以心伝心によるその掛け合いが面白く、少しのたるみもなく、朝比奈の楽譜の読みの深さをよくあらわした演奏、という印象です。

このようなオケの状態から鑑みるに、きっとリハーサルはちゃんとやっていたのではないかという気がします(指揮者が頼りないので、楽団員が頑張らなければならないと思ったことにより良い結果がでたのかもしれませんが)。 そうすると、リハーサルが終了後転んで歩けなくなったのか?? というような推理がはたらきます。 頭はまだしっかりしているみたいですし。

来週火曜日に同じプログラムを大阪のシンフォニーホールでやりますが、そのときどうなっているか、心配です(キャンセルして少し休むべきではないかと思うのですが)。 暇をもてあましている方や物好きな方は、大阪まで聞きに行った方がいいかもしれませんよ。

T.T.

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ここにもあるように、大阪での演奏会が予定されており、私は、ホールに行ったのだが、当然キャンセル。ただ、代役井上道義は、朝比奈さん元気です。大事をとって入院しています。というコメントだった。

それ以降の朝比奈情報は、ご存知のとおり、大本営発表だったわけで、12月になくなってしまったのである。

この名古屋の演奏会にいけなくて本当に残念だったが、ここにCDが残されている。

本当に熱い演奏で、音だけだと、朝比奈さんの不調ぶりがわからない。

一般発売はされていないが、あまりにいたいたしいからなのだろうか。

このときばかりは、団員もこれで、最後だと悟って演奏した、ということが、あとになって語られている。

追悼文集

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