朝比奈隆 没後10周年

(本稿は、2011年12月29日に書いたものです。)

ちょうど10年前の今日、朝比奈さんは亡くなりました。

あの日のことは、忘れません。

翌日の朝はやく、スイスからの国際電話で第一報を受け、その時点では、日本のメディアのどこにも出ていなかったのですが、間もなく、その事実を知りました。

29日は、若杉さんの指揮で、第9の演奏会があり、そのまさに演奏中に亡くなったことになります。

翌日の第9の演奏会も若杉さんでしたが、朝比奈さんの大きな遺影がかざられ、たった一日で、雰囲気がかわってしまいました。

それから、しばらくは、音楽仲間と、朝比奈さんの音楽の思い出を語りあったものです。

朝比奈ファンは、朝比奈さんのコンサートに行くたびに、とくに約束もしなくても会場で顔をあわせ、演奏がおわったら、飲みにいくという習慣がありました。そういう習慣をもつような音楽家、今はいません。

いまとなっては、懐かしいかぎりですが、幸い、録音が数多く残されています。

今度は、1975年のブルックナーの第7の未発表録音が出るようですし、NHKでも、いろいろ特集を組んでいるようです。

これは、あの聖フロリアンの演奏が行われた楽旅の最後の演奏となったものです。こういうソース、これからも、まだ、出てくるようです。

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朝比奈隆 生誕103年!

(本稿は、2011年7月9日に書いたものです。)

さきほど、投稿した記事にすばらしいコメントをいただきまして、その方のブログを拝見したのですが、

そうそう、今日は、朝比奈さんの誕生日でした。

もし生きておられたら、103歳ですね。

これ、私事ですが、朝比奈さんと同時期に京大の法学部に通っていた勉強嫌いの伯父も生きていたらそうなるわけです。(といっても、伯父は、弘前で同級だった太宰治は知っていても、朝比奈さんは知らないそうです・・・)

思い出させていただき、ありがとうございました。

このブログでいろいろ書き始めて、ちょっと中断しておりました。

CDを聴いて書くとなりますと、1曲1曲が長いものですから、ちょっと時間が必要になります。このところ、そういう時間がもてなくて、更新をさぼっておりました。

没後10年というときに、全部聴いてみようと思ったものですから、サワリだけ聴いてあとは思い出して書くというのも勿体なく、というより、今聴くと、記憶とは印象が異なるのであります。だから、あらためて今、全部聴きなおそうと思ったわけです。

私は、自他ともに許す朝比奈ファンとして、CDは、発売されている限り、全部買いましたので、いつでも聴けるわけです。ただ、整理ができていなくて、今、どこにあるのか探さなければならないのですが。

朝比奈さんの音楽というのは、はじめて聴くとき、それまでは、たとえば、カラヤンなどを聴いているわけですね。そうしますと、いかにも野暮ったくて、格好悪いのですよ。

しかし、これが音楽の面白いところなんですけど、わずか数分ほどで、その違和感が全然なくなるのですよ。ずっと聴いていたような感覚なんです。

カラヤンでもフルトヴェングラーでもエロイカなんか、テンポ速いんです。朝比奈さんはゆっくりしています。最初、おそいなあ、と思うのですが、本当に不思議なんですが、遅く感じなくなる。そういう説得力のようなものがあるわけなんです。

これ不思議です。

というわけで、私は、もともと、フルヴェン派ではなくて、ピエール・モントゥーとか、シャルル・ミュンシュ、アンドレ・クリュイタンスといった、端正ながら非常に優雅なもの、または、ミュンシュのような華麗な演奏を聴いていたのですけれど、朝比奈さんの世界にはまるのに時間はかかりませんでした。

ま、ちょっと事情が違いますけどね。レコードからはじまるのと、生から始まるのは、だいぶね。

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朝比奈さんの音楽的才能

朝比奈さんの音楽的な才能はどうなのでしょうか。

本来、本当にすばらしい演奏をたくさん残している方に対し、こういうことを語るのも何なんですが、かなり批判的な意見も多く耳にしますので、あえてこの点について書きたいと思います。

朝比奈さんについて、批判的に言う人は、この点について、いろいろ欠点を並べる、というのが、常のようです。

朝比奈さんが、音楽学校を出ていない、というのは、あまり大きなファクターではないように思います。というのは、日本の音楽家、とくに作曲家についていえば、超一流どころが、音楽大学を出ていない、という例が多いからです。典型的なのは、武満徹、三善晃といった方たち。こういう方たちは、個人レッスンをうけているのです。  

朝比奈さんの場合、指揮については、メッテルという師匠がおり、ヴァイオリンについては、モギレフスキーの弟子です。当時、多くのユダヤ人音楽家が、母国をおわれ、アメリカをはじめ、いろいろなところにうつる例が多かったのです。だから、ユダヤ人ではなくても、いろいろな音楽家がナチスの影響からのがれている例が多いのです。メッテル、モギレフスキーはどういう事情で日本に来たか、わからないのですが、ものすごい大家です。その点、相当高度な音楽教育を受けている、といえると思います。たぶん、いまどきの音楽大学よりはるかにすばらしい音楽的な教育を受けているでしょう。

指揮者というのは、自分で音を出すわけではないので、指揮の技術がうまければ、いい音楽ができる、ともいえないわけで、朝比奈さんの棒というのは、器用ではなく、上手ではないですが、それもとくに大きな問題にならないと思います。

指揮者は、やはりどういうリハーサルができるか、ということが大切です。

耳はどうか。どれくらい聞き分けられるのか。これについては、経験で補っている部分が多く、かなりわかるようでした。ただ、完全とはいえず、私が合唱団にいるときに、世界初演曲をやったとき、そのオケあわせで、金管が完全に倍のテンポでひいていたのにずっと気づかないという現象がありました。まあ、世界初演ですから仕方ないのかも。本番まで、なかなかマスターできないというのは、よくあることです。

ヴァイオリンの技術はわかりません。実は、私の大学の恩師、林良平先生は、ピアノの名手で、京都大学交響楽団でピアノコンチェルトを弾くくらいの腕前でしたが、昔、朝比奈さんがヴァイオリン、林さんがピアノというリサイタルを何度もやったそうです。しかし、腕前については、聞きませんでした。朝比奈さん自身は、ヴァイオリン弾きだった、とよく言っていましたが。

朝比奈さんの最晩年、かなり技術的にもあやしくなっていました。もうヨボヨボで振るのも大丈夫かなあ、というような状態のときもありました。朝比奈さんは、自らはやめるといわないので、まわりでは、早くやめてくれ、という話はよくされていました。これで最後だから、ということで、オケのメンバーもよくあわせてくれたので、それでも長生きしましたので、そういった状態、けっこう長かったように思います。

こういう点については、いろいろ述べられているのですが、朝比奈さんの音楽というのは、そのパートの積み重ねに意味があったのです。ボーイングを丁寧に自前のパート譜に書き込み、長い時間をかけて準備をしてきました。晩年に花ひらいたのは、その積み重ねの成果です。パート譜がしっかりしていれば、リハーサルをはじめる段階で、かなり下地ができているわけです。その積み重ねが大事なのです。

音楽というのは、わからないもので、そういうすべての要素が演奏に反映するのです。オケに敬老の精神があれば、ささえてくれるし、何よりも聴衆がもりあがっていますから、本番になると、みなやる気になるわけです。

それでも好不調の波はけっこうありました。ダメなときはダメでした。しかし、うまくはまったときは、すばらしい演奏をしていました。

この不調なときにあたってしまった聴衆は、朝比奈さんをよく言いません。しかし、はまったときを知った人は、見事にリピーターになったわけです。

朝比奈さんは、長いこと、パート譜を丁寧につくり、それこそ、職人芸の積み重ねをしていたわけです。そういう資産は残ります。だから、その積み重ねで、いい演奏が生まれてきたともいえます。

そこらへん、指揮者は、かなりの高齢になってから、とてもいい演奏をするようになる、という例がけっこうあります。

朝比奈さんの音楽的才能が一流なのか、二流なのか、そういう議論、ファンにとっては、あまり重要ではないのです。あの幸せな時間を与えてくれた、というだけで、感謝しているわけです。

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「朝比奈現象」:朝比奈さんの最晩年の演奏の報道姿勢について

朝比奈さんの最晩年、とくに東京での演奏会は、いつも超満員、演奏後は、オケが去ったあとも朝比奈さんひとり舞台に呼び出して、長々と拍手していました。

これ、一般参賀といわれていました。この現象は、カール・ベームのウィーンフィルの来日公演からのような気がします。それ以前にもあったかもしれませんが。

そして、報道では、こういった現象がよく取り上げられていました。

これ、「朝比奈の音楽」ではなくて、「朝比奈現象」といった扱われ方です。

実際、私は、ある新聞社から朝比奈ファンとして取材をうけたことがあります。そのとき、朝比奈さんの音楽についていろいろ話したのですが、その記事のトーンは、朝比奈現象になってしまっていました。同時に取材をうけた友人もおなじ不満をもらしていました。

じっさい、第三者的にみると、そのようにみえるのは、仕方ないかもしれません。私も1980年のカテドラルの最終公演、間に合わなくて、到着したときは、拍手喝采の真っ最中。それが教会でしたから、宗教団体の行事にいるような気分になりました。

しかし、実際演奏がおわって、その日の感想をもとめると、みな冷静に音楽を聴いています。朝比奈さんの演奏の魅力というのは、みな遠慮せず、だしたい音をだすことからする開放感と満足感というか非常に幸せを感じることです。それもありますが、出来不出来の落差がはげしく、人間的な魅力ということを言う人もいます。しかし、不出来のときは楽しくないです。うまくいったとき、それはすばらしいです。

実際、この音色は、ボーイングの統一など、それを守り続けた成果といえるもので、職人芸の積み重ねです。

それと、何度も同じ曲をよって、その都度アプローチが違うのもおもしろいです。

年末の第九、2回やりましたが、はじめて2日つづけてやったとき、私はステージで歌いましたが、1回目は、78分、2回目は69分で、スタイルも筋肉質、これは演奏後の打ち上げで、どちらがいいか、とすごい議論になりました。

大阪フィルの技術がどうのこうの、という議論、よく出てきます。

最近、だいぶよくなってきましたが、私が大阪フィルと接してきた時間に、大きくかわりました。昔は下手だったという話でてきます。しかし、いま、昔の録音を聴いて、おもったより下手ではないのです。

音楽をききはじめると、乗った演奏だったら、その技術的な難点、めだたなくなります。慣れてしまうのです。聴いている最中は、ほかのオケの音色とくらべるという作業は、ほとんどやらないでしょう。音楽に没頭するでしょう。

朝比奈さんの音楽というのは、そういう世界にひたる楽しみがありました。

長い朝比奈ファンの場合、そういう積み重ねがあるので、ちょっと独特な世界があるのだと思います。

そういう現象からすると、どうも宗教的な色彩が感じられるのでしょうね。

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